ネット書店で続々1位獲得の話題の絵本 高崎卓馬・黒井健の創作秘話を大公開!
発売直後たちまち、amazonの絵本カテゴリで堂々の1位に輝いた、話題の絵本『まっくろ』(高崎卓馬/作 黒井健/絵 講談社)。
『ごんぎつね』(新美南吉/作 偕成社)や「ころわん」シリーズ(間所ひさこ/作 ひさかたチャイルド)で知られる絵本作家・黒井健さんが20年の歳月をかけて描いた絵本ですが、実は2002年にテレビ放送され、衝撃の展開で話題を呼んだCMが元になっています。
CM制作者であり絵本の文を担当した高崎卓馬さん、絵を描いた黒井健さんのおふたりにお話をうかがいました。
黒くぬりつぶしたたくさんの画用紙から……
――来る日も来る日もひたすら画用紙を黒く塗りつぶす男の子。
クラスメイトも先生も、家族も理由がわからず見守るばかりですが、あるとき「はっ」と気づいた人たちが画用紙を並べ始め……。
やさしい結末に心を動かされる絵本『まっくろ』。この絵本がテレビCMから生まれたというのは本当ですか?
高崎卓馬:はい。
元になっているのは2002年に放送されたACジャパン(当時、公共広告機構)の『IMAGINATION/WHALE』という1分半のCMです。
企画したのは僕が20代の終わり頃でした。
――高崎さんはJR東日本「行くぜ、東北。」やサントリー「オールフリー」などを手がける著名なクリエイティブディレクターの1人ですが、ずっと前に制作されたCMなのですね。
高崎:その頃、海外のCMのあまりの面白さにショックを受けて。日本のCMとは根本からちがう感じがしたんです。
「ロジカルに作られている」というのがその理由でした。
海外の映像の作り方のほうが圧倒的に自分に向いていると思ってそれから必死に学びました。
そのときの学びがあってこのACジャパンの広告は生まれました。
――CMは、何十枚もの真っ黒な紙をつなぎ合わせると現れる巨大なクジラ、「子どもから、想像力を奪わないでください」というメッセージが大きなインパクトを残します。
アジア太平洋広告祭のグランプリやカンヌ国際広告賞銀賞、クリオ賞銅賞、ニューヨークADC賞銀賞、One Show銀賞など、世界で多数の広告賞を受賞したこのCMを、20年経って絵本として刊行することになったのは、どのような経緯があったのでしょうか。
黒井健:「絵本にしたい」と申し出たのは私からです。
2002年当時、イギリスのロンドンに留学中だった息子から「すごいCMを見たよ。お父さんが絵本にしてみたら」とメールが来たんですよ。
受賞ニュースを見たのか、滅多に連絡をよこさない息子がわざわざそんなことを言ってきたのに驚きました。
実際に見ると、私も「わぁ」と心を動かされて……。
映像はサスペンスのようなシリアスな雰囲気ですけど、「これはちょっとユーモラスにして、絵本にしたら面白いのでは」と思いました。
――黒井さんの申し出に対して、高崎さんはいかがでしたか。
高崎:CMは短命なものなので、絵本になって物語が残るというのはとてもうれしく思いました。
でもとてもCM的な作り方をした映像なのでどういう風に絵本になるのか、すぐにはイメージはできませんでした。
黒井:初対面で「ちょっとユーモラスにしたい」と伝えたとき、高崎さんは戸惑った顔をされていましたね。
それで「あの少年は、僕です」と仰った。
「えっ」と思って、高崎さんの心に沿わないものは描けないから、正直、私も、本当に絵本にしていいのだろうかと戸惑いました。
高崎:ユーモラスという言葉を僕が受け取りきれなかったんですね。
CM自体はむしろユーモラスとは逆で、大人たちの無自覚さを刺すようなシリアスさが重要だと思っていたから意外で。
――絵本は、絵を描く男の子やそれを見守る周囲の人たちが、CMよりもやさしいトーンで描かれていますね。
高崎:できあがった絵本を見たとき、ああ、ユーモラスってこういうことだったのかと。この絵には誰も責めないやわらかさがあるんです。黒井さんの包容力がそうさせているのかもしれません。
真っ黒だけどやわらかい
――黒井さんはどのように絵を描いていったのでしょうか。
黒井:主人公の男の子の絵柄がなかなか決まらなくて、近所の小学校を取材させてもらいました。
入学してまもなくの5月、1年生の図工の授業を見せてほしいとお願いして、2つのクラスを行ったり来たりしながら見学したのですが、その中にひとり、うれしそうにこっちを見ている男の子がいて「この子にしよう」と思いました。
外から来た私のようなお客さんへの好奇心がにじむ表情を「いいな」と思ったのです。
黒井:また、黒をビジュアル化していくのは試行錯誤の連続でした。
映像の、薄いモノトーンの仕上がりも好きだったので、最初は白い紙に描いていたのですが、思うような黒にならない。
高崎さんのテキストに「まっくろだけどやわらかい」という言葉があって「やわらかい黒ってどんなだろう」と悩みました。
白よりも、黄ボール紙やグレイの紙のほうが、黒をのせたとき印象がやわらかい。
クレパスで塗ったようにきれいに見える組み合わせを探して、画材を片っ端から試しました。
最終的に原画はガラス・陶器・木材などに描ける水性色鉛筆で描いています。
冒頭の教室シーンは黄ボール紙、途中でグレイの用紙に黄色を着彩したもの、男の子が描き重ねる場面はグレイへと、世界の移り変わりを、背景色のグラデーションで表現しています。
―― 一見シンプルに見えますが、様々な手法で「黒」の奥行きを表現しているのですね。
黒井:大事にしたのは、絵本というメディアならではのファンタジーの入口と出口です。
最初のページで、先生が黒板に「みんなのこころにうかんだことをかいてみましょう」と書いて、お話が始まります。
そして、男の子が黒く画用紙を塗り始め、周囲の人はそれを見守りつづける……。
読者が登場人物と一緒にファンタジーに入っていき、気持ちよく終わることができる出口を探りながら作りました。
高崎さんの映像に内在したデリケートさを損ないたくなかったからこそ、男の子の表情も、周囲の人たちの表情もとても描くのは難しかったです。
高崎:一心に絵を描く子を止めずに、見守る距離感がいいですよね。みんな心配そうにしているけれど、決してあの子を否定していないんですよね。
黒井:教室には、黒い絵に関心を見せず自分の絵に集中している子もいますし、最初から興味津々で、画用紙を並べるときは率先して手伝う女の子もいますよね。
他の子たちのいろいろな反応を描くのが楽しかったですよ。
――画面が覆われるほど黒い紙がいっぱいになると、ふしぎなことが起こり……最後には、クジラの目の中で微笑む男の子が描かれます。
黒井:ずっと絵を描く姿を、斜め横や背中側から描いてきて、最後にこの子の笑顔が見たくなったのです(笑)。
達成感でいっぱいの表情を、正面から描きたくなりました。
――「この世界にぼくを連れてきてくれてありがとう」とクジラが言うのは、CMとはちがう絵本ならではの結末ですね。
高崎:2013年に黒井さんの絵コンテをふまえてテキストを書き下ろしたとき、子どもが読むものの着地点として浮かんだのが「この世界にぼくを連れてきてくれてありがとう」だったと思います。
ただ、確かにこれは僕が書いたテキストだけど、黒井さんとの初対面のときに、この言葉にたどりつくような何かを言われた記憶があるんですよね。
黒井さんに「こっちだよ」と導かれるままに、つれてこられた感じがしています(笑)。
心と向き合った先にある笑顔
――長い制作期間の間、不安はありませんでしたか?
黒井:最初の10年くらいはなかなか進まないので、半分諦めかけたこともありましたよ(笑)。
高崎:僕のほうは「あの企画はなくなっちゃったんだな」と思ったことは一度もなかったんです。不思議ですけど。
「あの少年は、僕です」と黒井さんに言ったのは、僕自身の、子ども時代の体験が元にあります。
小学校のお絵描きの時間に、水槽のザリガニを描きましょうということがあって。
僕は水槽と紙の大きさが同じだと気がついて、水槽を真俯瞰で写すように描いたんです。原寸大で、端にいるザリガニを端に小さく。
その絵を僕は気に入っていたんですけど、先生はそれじゃダメだ、もっとザリガニを用紙の真ん中に大きく描きなさいと言うんですね。
僕はそのとおりにするのがイヤで泣いて(笑)。
帰って母親に訴えると、母親は人と同じように描く必要はない、思うように描いたらいいと励ましてくれました。
――「あの少年は、僕です」の言葉の裏にはそんな出来事があったのですね。
高崎:母親は「人は人、自分は自分」が口癖で。どこかでそれが自分の支えになり、仕事でもずっとその言葉に救われてきました。
クジラが生まれたのは、男の子が「心に浮かんだことを描く」ということを大切に、がんばったからこそ。
どんな創作物が生まれる場所にも、必ずそこには生み出そうとした人のがんばりがある。
そして、がんばる人を信じて見守った人の存在があるんだと思います。
子どもががんばりとおすのは大変だと思いますが、この絵本が、読んだ子たちの支えになったらうれしいです。
――主人公が集中して描く時間を、周りが見守ったからこそ、大きなクジラになったのですね。
黒井:何かに夢中になっている子どもに大人がどんな言葉をかけるのかは、すごく大事ですよね。
静かに見守るのか、「何をやっているの?」と好奇心を持って対等な心から言葉をかけるのか。それとも何かを禁止したりする、心ない言葉なのか。
大人の言葉や態度は少しずつ子どもの心に蓄積していきますから。
個人的には、2002年当時20代だった、あのときの息子の心に響いたものはなんだったのか。
そういう問いを心のどこかに持ちながら絵本と向き合ってきました。
20年越しでようやく完成したことで、息子との約束を果たせたようなほっとする気持ちもあります(笑)。
最後の少年の笑顔は私自身なのかもしれませんね(笑)。
高崎:今、理解できないものを許せないひとが多い気がするんです。
自分の想像とちがう展開のものを楽しむ余裕が少なくなっているのかもしれません。
この絵本のすごいところは、少年を見守る大人や友人たちの描写です。
これは映像にはできなかった絵本だけのものです。
読んでくださるみなさんには、ぜひそこをじっくり楽しんで、何かを感じとってもらえたらうれしいです。
「子どもから、想像力を奪わないでください」
……衝撃のCMから、ふたりの作家が20年かけて作りあげた絵本『まっくろ』。
ひとが心の中で思い描くものの素晴らしさと、主人公のうれしそうな微笑みに胸を打たれます。
親子の読み聞かせはもちろん、小学生のひとり読みにもおすすめ。
心と向き合う、特別な時間をくれる絵本作品です。
構成・文/大和田 佳世
作/高崎 卓馬(たかさき たくま)
1969年、福岡県生まれ。早稲田大学法学部卒業。クリエーティブ・ディレクター、小説家。ACジャパン創設30周年CM「IMAGINATION/WHALE」で海外の広告賞を多数受賞。小説に『はるかかけら』『オートリバース』などがある。
絵/黒井 健(くろい けん)
1947年、新潟県生まれ。新潟大学教育学部卒業。主な絵本作品に『ごんぎつね』『手ぶくろを買いに』『あのね、サンタの国ではね…』「ころわん」シリーズなどがある。2003年山梨県の清里に「黒井健絵本ハウス」を設立。
本記事は【Mart×コクリコ パパママ応援プロジェクト】の一環としてコクリコの記事を転載したものです。
コクリコ2021年10月1日公開より