第76回カンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールを受賞した、フランスの法廷サスペンス映画『落下の解剖学』が日本でも公開されました。英語作品ではない中、第96回アカデミー賞でも作品賞ほか5部門にノミネートされるなど世界中から注目を集めています。法廷劇の形を取りながら、真実とは? 家族とは? を観る側に問いかけるヒューマンドラマ。見どころを紹介します。
『落下の解剖学』あらすじ
人里離れた雪山の山荘で、男が転落死した。はじめは事故と思われたが、次第にベストセラー作家である妻サンドラ(ザンドラ・ヒュラー)に殺人容疑が向けられる。現場に居合わせたのは、視覚障がいのある11歳の息子ダニエル(ミロ・マシャド・グラネール)だけ。サンドラは旧知の仲である弁護士ヴァンサン(スワン・アルロー)に弁護を依頼し、裁判に挑む。事件の真相を追っていく中で夫婦の秘密や嘘が暴露され、登場人物の数だけ〈真実〉が現れる――。
【見どころ①】傍聴席で裁判を見ているような臨場感
夫の転落死に事件性を疑われ、裁判で検察と対峙することになる人気作家のサンドラ。映画の半分は法廷シーンで、新しい証言が出る度にサンドラは追い詰められていきます。検察官と弁護士、一人息子を巻き込んだ心理的な駆け引きは見ごたえがあり、傍聴席で裁判を見ているような臨場感が味わえます。
「私は殺していない」と主張するサンドラに対し、旧知の仲である弁護士のヴァンサンは「そこは重要じゃない」「問題は君が人の目にどう映るかだ」と説く。真実を明らかにしていくかのように見せかけて、実際は真実がどう見えるかということに重きを置いて裁判が進められる部分があり、映画の観客はその目撃者になっているという構造が見事です。
【見どころ②】じわじわと暴かれる夫婦の秘密
夫の地元でもある人里離れた雪山で暮らす作家の妻と一人息子の三人家族。裁判で新たな証言や証拠が出る度に、実際は夫婦仲が破綻していたこと、住む場所や家事育児分担に互いが大きなストレスを抱えていたこと、そしてサンドラの性的志向までもが明らかにされてしまいます。
夫婦二人が言い争う内容はとてもリアルで、仕事と家事の両立と分担、子育てについて、過去の過ちの蒸し返し……と、どの夫婦にも起こり得ること。ただ、妻がベストセラー作家であること、息子の目が不自由なこと、夫が過去や叶えたかった夢にとらわれ過ぎていることなどが複雑に絡み合っているからややこしい。しかも夫は亡くなっているためどうしても妻の分が悪い。一般的な映画であれば主人公を応援し、理解したいと思うのが心情ですが、もしかして彼女……と心をざわつかせながら観ることになり、最後まで展開が読めないおもしろさがあります。
【見どころ③】もう一人の主人公・子役の演技にも注目
登場人物が少なくシチュエーションも法廷か自宅が中心になるので個々の演技力が重要ですが、11歳の目が不自由な少年ダニエルを演じたミロ・マシャド・グラネールくんの演技力はすばらしかったです。もう一人の主人公と言ってもいいくらいの存在感でした。
パパを失った悲しみの中で証人として法廷に立たなければならず、さらに裁判が進むにつれママを信じていいかどうかわからなくなる。揺れ動く心と不安を抱えながら、自分なりに辛いことから目を背けず真実を見つけようともがき成長する姿に胸を打たれます。
ミステリーというよりは法廷での心理戦を通して描かれる家族の物語。結末を迎えてすら、最後の判断は観客に委ねられる部分もあります。ぜひ最後まで見届けてください。
取材・文/富田夏子
作品情報
『落下の解剖学』公開中
- 監督:ジュスティーヌ・トリエ
- 脚本:ジュスティーヌ・トリエ、アルチュール・アラリ
- 出演:ザンドラ・ヒュラー、スワン・アルロー、ミロ・マシャド・グラネール、アントワーヌ・レナルツ
- 配給:ギャガ
©2023 L.F.P. – Les Films Pelléas / Les Films de Pierre / France 2 Cinéma / Auvergne‐Rhône‐Alpes Cinéma
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